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  • 2009.01.18 Sunday

真弓版『がんばろうKOBE』長田で好僖譟璽

真弓監督が、阪神・淡路大震災から丸14年となった17日、神戸市内で開かれた復興ライブ「神戸フリーライブ『ONE LOVE』」に出席。約1000人の参加者を前に、本塁打増産&優勝を誓った。被災者を元気づけるために日本一となり、長田区でパレードする。

まぶたを閉じれば、今でも無残に崩れ落ちた町並みがよみがえる。約900人もの犠牲者を出した神戸市長田区。真弓監督が、その商店街で開かれた復興ライブに参加。被災者の心に深く残る傷跡を癒やすべく、黙とうを捧げ、2009年の優勝を誓った。

「復興が進んで震災のあとは見られないが、心のケアは遅れていると聞く。なんとか元気を出して、勇気が持てるような試合をして、みなさんと一緒に優勝を味わう1年になればいいと思う」。壇上に上がった指揮官が、強い決意を明かした。

主催する西神戸センター親交会の依頼をノーギャラで快諾した。復興支援には熱い思いがある。95年1月17日、自身も神戸市内の自宅で被災した。「今年は野球ができる状況じゃない」。生きた心地がしなかった。

 自宅は半壊し、寸断された道路を原付バイクで甲子園へ向かった。道中に見た変わり果てた風景は、今も脳裏から離れない。当時、42歳のベテランは、鳴尾浜の選手寮に転がり込んだ。被災者の苦労は、身を持って知っている。

「去年の分も合わせて喜んでもらいたい。反省は、点が取れなかったこと。野球の“花”は、やはりホームラン。選手には『三振が増えてもいいから(打て)』とハッパをかけている。元気が出るようなホームランを、必ず見せられると思う」

アーチが飛び交う派手な勝ち方で優勝、そして、日本一へ。「ここ(長田)だけのためじゃないけど、やりたいね」。優勝したあかつきには、パレードのコースに被災地を組み入れることも希望した。

 「あの年(95年)、オリックスが『がんばろうKOBE』と掲げて優勝して、本当にうらやましかった。そのころ阪神は強くなかったし…」

 14年前の95年は、現役最後の年でもあった。チームは6位に沈んだ。あのとき届けられなかった元気と勇気。指揮官として今一度、甲子園から贈りたい。復興の歌声が響く街角で、あらためてV奪回の決意を固くした。
記事はサンスポ

ぜひ、真弓監督で日本一達成!
優勝パレードを見たいものです見る


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