オススメ

挑む!虎 想い 2017

Tigers Change

坂本に正捕手になってもらいたい
北條がブレイクする
もっちーが初先発
夏ごろに1軍へ

  • 2010.07.21 Wednesday

ふじはら「鳥肌立つほどうれしい」

<阪神5−4広島>◇20日◇甲子園

 阪神のルーキー藤原正典投手(22)がプロ初白星を手にした。
延長10回、安藤が2点を勝ち越された場面で
5番手としてマウンドへ。2死二塁から
代打山本と広瀬を内野ゴロに打ち取って悪い流れを断ち切り、
裏の逆転サヨナラ劇につなげた。
初めてお立ち台に上がったドラフト2位左腕は
「鳥肌が立つほどうれしかった。
これ以上、点をあげられない場面で使ってくれたことが
うれしかったし、意気に感じて投げました」と興奮気味に話した。
球団は左翼席に飛び込んだウイニングボールの返還をファンに訴えた。


無失点で抑えられたのは
セッキーのファインプレーあってこそ
セッキーがお立ち台に上がれなかったのは
残念でしょうがないしょんぼり


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 野球ブログ 阪神タイガースへ


CoRichブログランキング


  • 2010.06.29 Tuesday

D2位・藤原 1軍昇格へ

D2位・藤原正典投手(22)=立命大=が、
29日の中日戦(甲子園)
から1軍に初昇格することが明らかになった。
不調の筒井投手(28)が、28日に出場登録抹消され、
藤原の緊急昇格が決まった。即戦力と期待されたルーキー左腕が、
虎投の救世主になる。
中日、巨人との6連戦を前に、サプライズ抜てきだ。
ルーキーの藤原が、緊急昇格。不調の中継ぎ陣に新しい風を吹きこむ。

 「そのためにやってきたので、うれしいです。緊張はするけど、
チャンスをもらえるところで、1つ1つをものにしたいです」

 突然の呼び鈴にも、動じなかった。新人投手で1軍一番乗り
(野手はD5位・藤川俊)。初の朗報にも、気持ちは前だけを向いた。
春季キャンプは1軍に帯同したが、2月中旬に左足の内転筋痛で離脱。
5月14日の育成試合で実戦復帰するまで約3カ月を要した。
その後はウエスタンで10試合に救援登板して、防御率3・24
(0勝0敗0S)。8回1/3を投げ6三振を奪い、四球は1個。
最近は連投もこなしている。テンポのよさは健在で、2種類のスライダーと変則的な腕の振りで打者を翻弄。非凡な実力を披露し、
ついに1軍枠に飛び込んだ。

 「誰の活躍が、というより、チームが勝っていることが一番です」

 鶴、横山らの働きは承知。同じ若手からの刺激もあるが、
ここまで2位につけているチームに加われることを喜んだ。

 1軍はリリーフ陣の疲労が目立ってきた。26、27日のヤクルト戦(神宮)では、中盤以降の失点が響いて連敗。真弓監督は
「これからの方が中(継ぎ)がしんどくなってくる。
もう一回しっかりと整備したい」と話していた。

 この日、不調の筒井を抹消。球団関係者は「筒井は下で投げて
調子を上げてもらいたい。左が欲しいから、藤原を入れる」
と明かした。2軍調整中の江草は調子が上がらず、川崎も左背部痛。
リリーフ左腕は藤原1人で、いきなり出番が回ってくる可能性もある。

 「結果が出せたらいいのはもちろん、
勉強だとも思って、頑張ります」

 即戦力と期待された大物新人が、ベールを脱ぐ

さんすぽ


左腕ということで
さして結果がよくはないのに
川崎を長い間1軍で投げさせていた
かわりに筒井を登録したが
落ちた時の状態とさほど変わらなく
2試合でまた2軍へ降格した
藤原が1軍で通用するという判断なら
昇格させてもいいが、左腕というだけでというのは
無理があるように感じる
金村暁、筒井は昇格、即2軍
てなことだは避けてもらいたい
江草は実績十分、
1軍で投げてなんぼの選手だとは思いますが

左腕投手王国のはずが壊滅状態
岩田、能見が故障
江草が不調?

緊急補強の川崎が
めっせも使いものならず
筒井が昨年覚醒したはずの
面影がないしょんぼり

先発が弱いのだから
中継ぎ陣を増やしてみたらどうか
と思いますが。。。
昨年復活したさじー&あべけん
はどうしてるの?
中継ぎ陣を強化して
登板過多の渡辺、にしけんの負担を軽くして
スカタンR、フォ寒を落として
上園を先発に戻す布陣を考えてもらいたいなあ

来年もいるかどうかわからない
外人にチャンス与えすぎ
こんなことしているから
いつまでたってもローテ投手が
確立できないんだよ!
久保無能Pコーチさんよ銃

横山プロ初登板が
相手に流れがいった
走者がたまった時
あ〜あ雷


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 野球ブログ 阪神タイガースへ


CoRichブログランキング

  • 2009.11.27 Friday

どら2藤原 新人王目指す

阪神は26日、
ドラフト2位指名した大学No.1左腕、藤原正典投手(21)=立命大=と仮契約した。

 目標は新人王−。藤原は大阪市内のホテルで、契約金8000万円、
年俸1200万円で仮契約。虎の左腕史上初の快挙を目指す。

 「チャンスがあれば、(新人王を)狙える位置にいたいです」

 阪神では過去7人、投手では3人が新人王を獲得したがいずれも右腕。「簡単ではないけど、1日でも早く1軍の投手になって1試合でも多く投げたい。自主トレからアピールしたい」。江夏豊も達成していない偉業達成へ、まずは1軍を勝ち取る。来年1月の新人合同自主トレに備えて徹底的に走りこみ、キレのある直球を磨いて首脳陣をうならせたい。

 「岩田さんのように三振がほしいところでとれる投手になって、下柳さんのように長く続けたい」。尊敬する2人の先輩に追いつけ、追い越せ。
即戦力の期待に応え、1年目から左腕王国の一角を担ってみせる。

さんすぽ

どら1の二神でもいいから
ルーキーイヤーの二桁勝利投手が見たい見る


人気ブログランキングへ

にほんブログ村 野球ブログ 阪神タイガースへ

CoRichブログランキング

  • 2009.11.02 Monday

ええやん!!どら2フジハラ 12K完封

すぽにちから
◆ 明治神宮野球大会関西地区代表決定戦・龍谷大戦に先発 ◆

阪神からドラフト2位指名された立命大の藤原正典投手(22)が1日、
明治神宮野球大会関西地区代表決定戦(南港中央)の龍谷大戦に先発。
この日の最速は142キロながら、スカウト5人が見守る中、
4者連続を含む12奪三振の完封勝利を飾った。
強い雨が降りつける悪条件で見せた炎の奪三振ショー。
ドラ2左腕が、いきなりその能力の高さを見せつけた。

 ▼立命大・藤原 雨だったので、逆に力が抜けて良いリズムで投げることができた。きょうはストレートのキレが良かった。(今季一番?)そうですね。(直球で10三振を奪い)これまでピンチでは変化球を使ってたけど、ストレートで空振りを取れた。自信になった。まだ立命の選手なので、とにかく勝つことを考えて投げたい。4回生最後。神宮に出たい。今年は自分の力で(神宮に)行って立命を全国にアピールしたい。

 ▼阪神・佐野西日本統括スカウト 雨でマウンドがゆるい中、
これだけコントロール良く投げるんだから。
(能見のよう?)変則的なフォームだから違うけど、
先発、中継ぎと十分力を発揮できる。

タイプとしたら、ソフバン・和田毅らしい
テイクバックが小さくて、隠れた状態で左腕が出てくる

ルーキーイヤーで
二桁勝利、新人王を争う選手が
出てきてほしいものです!
しばらく、虎の新人投手の10勝↑は記憶にないぐらい出ていない

確か?今や面影もない福原が
中継ぎで運良く、二桁あげたぐらいかな。。。
先発では藪さんが9勝、上園が8勝で新人王だったでしょうか
暗黒時代の藪さんの9勝は二桁以上の価値はあるでしょうけれど

あの時代は、まあ打線の援護がなかった
そのうち、持ちこたえられなく「ぷっつん」
藪病という言葉もできたしょんぼり

この前KTV深夜「サタウマ」に出演
織田裕二似は顕在でした!?


藪恵壹(2008年)
基本情報
国籍 日本
出身地 三重県南牟婁郡御浜町
生年月日 1968年9月28日(41歳)
身長
体重 6' 1" =約185.4cm
200 lb =約90.7kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 1993年 ドラフト1位
初出場 NPB / 1994年4月13日
MLB / 2005年4月9日
経歴(括弧内は在籍年)
和歌山県立新宮高等学校
東京経済大学
朝日生命
阪神タイガース (1994 - 2004)
オークランド・アスレチックス (2005)
ティファナ・ポトロス (2006)
サンフランシスコ・ジャイアンツ (2008)

プロ入り前
高校時代は、同じ県内に杉浦正則がいたこともあり、注目されなかった。
一年間の浪人生活を経て、一般入試で東京経済大学に進学、
首都大学リーグでプレーした。卒業後は朝日生命硬式野球部(現在廃部)を経て、1994年阪神タイガースにドラフト1位で入団、
背番号はエースナンバー「18」を与えられる。
このとき姓名判断で登録名を「恵市」とした。

プロ入り後
ルーキーイヤーの1994年に9勝(9敗)を挙げ、新人王を獲得。
ファン投票でオールスターゲームにも出場した。弱かったチームで孤軍奮闘していたため負け数も多いが、1996年〜1998年は3年連続2桁勝利。
1990年代後半の低迷時代に阪神のエースとして活躍した。

阪神時代の象徴的な記録として、どんなに前半好投していても、
6回あたりからフォアボール、連打などで途端に崩れて自滅するパターンが
多く(このことをファンやマスコミの一部では「藪病」、ネット上では「SYBS」(Suddenly Yabu Burning Syndrome、突発性藪炎上症候群)とも
呼ばれている)、ファンや評論家の間では「勝負弱いピッチャー」と
イメージされていた。春先は非常に調子がよくても、
夏場に崩れて負けが先行することも多かった。

三浦大輔、桑田真澄、黒田博樹らと同様に好投しても援護点に
恵まれない選手として挙げられる。
入団1年目から7年連続で規定投球回に到達。

2001年は右肩のケガで未勝利に終わるものの、2002年、星野仙一監督の就任とともに再開花。読売テレビの番組「週刊トラトラタイガース」の生放送中、阪神タイガースOB川藤幸三との電話会談で背番号4を薦められ、
以来ピッチャーとしては珍しい背番号「4」(阪神では過去にジーン・バッキー、マット・キーオ、ライアン・ボーグルソン(現オリックス)が
付けていた)に変更し10勝を挙げた。
2003年も怪我がありながらも8勝(3敗)を挙げ、
優勝に貢献した。だが、同年の日本シリーズは登板機会皆無。

2004年オフ、メジャー挑戦を理由にFA宣言。
2005年1月、オークランド・アスレチックスへの入団が決定。
アスレチックスでの背番号は、自身が野球を始めて最初にもらった13。

メジャー1年目で4勝を挙げたが、同年オフにチームがオプションを
行使しなかったため自由契約となる。

2006年は、コロラド・ロッキーズでプレーすることになったが、同3月31日付で退団しフリーエージェントとなった。同6月29日にマイナーリーグ3Aに相当するメキシカンリーグのティファナ・ポトロスと契約した。
翌2007年は、どこの球団にも所属せず、トレーニングに費やした。

2008年、メジャー昇格を目指し、サンフランシスコ・ジャイアンツの
スプリングトレーニングから、トレーニングに励みオープン戦に登板していた。キャンプ・オープン戦での背番号は72。同年3月30日(日本時間31日)
に開幕メジャー枠に入ったことが球団から発表された。背番号は22。

4月14日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦で3年ぶりの勝利を記録した。ジャイアンツで日本人が勝ち投手となるのは、1965年9月30日の村上雅則以来となった。39歳と199日での白星は、日本人メジャーリーガーの最年長記録。また同じ年の5月30日のサンディエゴ・パドレス戦の8回、3対3の同点で無死一・二塁の場面でリリーフ登板し、打者ケビン・クーズマノフを1球でトリプルプレーに仕留める、という珍しい記録も作った。

2009年、メジャー契約でキャンプに臨むもオープン戦は不調で、3月5日にマイナー降格。そしてメジャー40人枠を空けるための措置として3月20日(日本時間21日)にジャイアンツから戦力外通告を受けるも翌21日に傘下の3Aフレズノと再契約を結んだ。しかし7月12日に解雇された。


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 野球ブログ 阪神タイガースへ
CoRichブログランキング

Go to top of page